CDプレスの問題の修正
私が勤めていた浴風会という病院に併設されていた老人ホームの長期フォローアップ調査をしたデータがあるが、その老人ホームに入っている人に関しては、タバコを吸っている人もタバコを吸っていない人も生存曲線はほぼ同じだった。
このデータからだけで一般論化することはできないが、六○歳代後半から七○歳代くらいまでずっとタバコを吸い続けていた人にとっては、その後タバコを吸い続けてもそれほど生命予後に大きな影響はもたらさないのではないかと考えられる。
つまり、体によくないとされらの不健康な生活習慣は、その人に関する限り、それほど体に影響しないのだろう。
逆に言えば、タバコの害でガンや心筋梗塞で亡くなる人は、それまでに死んでいるということになる。
こうした人たちは、もしかするとタバコに強い遺伝子を持っているのかもしれない。
そういう人が人口の何割いるのかはわからないが、おそらく、多くの人はタバコに強くない遺伝子を持っているために、全体をトータルして医学データを取ると「タバコは人間の体に悪い」という結論が導き出されるのだと思う。
外科医N先生は、「医学は、人間の臓器はみな同じ構造をしているという乱暴な仮説の下につく」と常々述べている。
N先生は、年間ニ○○例以上の心臓外科手術を行っている日本でも指折りの名医だが、N先生によれば、「手術のときに、胸を聞いて実際の心臓を診てみると、これほど心臓という臓器は人それぞれ違うのか」と驚かされるそうだ。
あるはずのところに血管が見つからないということもときどきあるという。
実際に数多くの臓器を診ている医師にとっては、「人間の臓器はみな同じ構造をしている」という前提条件には、かなり違和感を覚えているようだ。
「人間はみな同じ構造をしている」ということを前提条件にするのか、ゲノム解析などが進んで、「人間は人それぞれ違う構造をしている」ということを前提条件にするのかによって、医学常識は変わってくる。
巷間言われている医学常識、健康常識に関して、二度前提条件を疑ってみる必要があると私は思う。
ニ○世紀には「人間の構造はみな同じ」という前提条件があったから、その前提条件の下で作り上げられた健康常識が多い。
しかし、世の中はすべてのことが複雑系と言われているように、人それぞれみな違いがあるし、その違いが遺伝子解析によって徐々に解明されつつある時代だ。
もちろん、自分の体がどんなものかがわからない以上、確率論に基づいて健康常識に従うのは悪いこととは言わないが、やみくもに健康常識を信じて健康おたくになる前に、医学の前提条件が変わりつつあることも認識しておいたほうがいいと思う。
少なくともすべての人が同じでない以上、健康常識は確率論に基づいたものであって、自分の体には必ずしも当てはまらないことは知っておくべきだろう。
条件が違えば、理論は当てはまらない前提条件は、どの学問においても、重要な要素だ。
たとえば多くの経論は、「人間は動する」人々報を持っている」、「賃金は自由に動かせる」、「価格は自由に動かせる」など、さまざまな条件の下に成り立っている。
ところが、現実社会は、条件どおりになっていることのほうが少ないと言える。
したがって、現実経済は経済学の理いかもの、を理解した上で論どおりにはないだ。
その点、前提条件をよく見極めて理論を用いたほうがいい。
たとえば、物が不足している時代には、物を作れば作るほど売れただろうし、値段を安くすれば物を買ってもらうことができた。
多くの人がテレビを持っていない時代には、テレビを作れば、値段が少しくらい高くても買ってもらえたし、値段を安くすればさらに買ってもらえた。
だが、現在の一家台も三台もある時代には、値段をいくら下げて一万円以下のテレビを売り出しても「安い」というだけの理由では、おそらく買ってもらえないだろう。
現代のような物余り時代になると、経済的要因よりも、心理的な要因のほうが相対的に優位になってくる。
値段や性能などよりも、心理的な満足感のほうが購買活動、経済活動の主要因になりやすい。
経済学的な考え方も重要であるが、前提条件が「物不足時代」から「物余り時代」に変わっているのだから、心理学的な考え方がビジネスに役に立つことも多いと言えるだろう。
人口減少とパラダイム・シフト先進国では今、大きなパラダイム・シフトが起こりつつある。
それは、生産が消費に追いつき、追い越していくという現象だ。
その最大の要因は人口減少にある。
アメリカを除く先進国では、軒並み人口減少問題を抱えているのだ。
日本ではニ○○六年から人口減少が始まると予想されており、欧州諸国でもニ○一○年くらいから人口が減少し始めると見られている。
人口が減るということは、それだけ需要が減ることを意味している。
一方、生産のほうは、これまでずっと生産性を高める努力がなされ一万円以下のテレビを売り出しても「安い」というだけの理由では、おそらく買ってもらえないだろう。
現代のような物余り時代になると、経済的要因よりも、心理的な要因のほうが相対的に優位になってくる。
値段や性能などよりも、心理的な満足感のほうが購買活動、経済活動の主要因になりやすい。
経済学的な考え方も重要であるが、前提条件が「物不足時代」から「物余り時代」に変わっているのだから、心理学的な考え方がビジネスに役に立つことも多いと言えるだろう。
人類の歴史では、食べ物や物が不足している時代が長く続いてきたため、いかに勤勉に働いて食物を得るか、いかにして生産性を高めて物を増やすかということに、これまでは心血勉に働きすぎたりすると、かえって需給ギャップが大きくなって社会経済が成り立たなくなる危機を迎えている。
これほど大きなパラダイムの変化はないと思う。
産業革命が起こったのも、最近のIT革命が起こったのも、いずれも生産性を上げる手段としてである。
いわゆる生産性神話のようなものが昔から続いていて、生産性を上げれば世の中がうまくいくと信じられてきた。
そのためには、仕事のできる人間とできない人間の処続いている。
そうした強迫観念にとらわれているためか、今後もずっと「生産性を上げなければダメになる」という考え方が続くかもしれない。
90年代以降のR改革、S改革のように、貧富の差をつけて、生産性を上げたアメリカやイギリスが勝ち残り、逆に、生産性が上がらなかった共産主義諸国は次々と崩壊していった。
共産主義諸国で生き残ったのは、市場原理を導入した中国やベトナムのような国々で、市場原理導入の遅れている北朝鮮はいまだに経済苦にあえいでいる義のシステはダメだ。
資本主義システムのような、差をつけて生産性をより高める方法のほうがよい」という信念体系を、多くの人々が強化していっても不思議なことではない。
しかし、今後もその生産性神話が続くとは限らない。
現実に、現在競争力が世界一とされている国は何とフィンランドであり、2位はアメリカであるが、3位がスウェーデン、4位がデンマークと福祉国家が上位を占めている(世界経済フォーラムによる)「アリとキリギリス」の童話でも、働き者のアリが賞賛され、怠け者のキリギリスのようにならないように、世界中の多くの子供たちが教育をされてきた。
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